日本航空JALと全日本空輸ANAの比較:航空会社の経営

グローバルな航空会社の旅客争奪戦や原油価格の高騰の中で、我が国の航空会社の経営が厳しいと言われている。特に、日本航空は、企業再生機構入りなど、企業の再建が問われているが、最近JAL再建タスクフォースは2009年度の決算予想を大幅な営業赤字(-1961億円)と見込み、今後5年間の経営改善によって、2011年度に黒字化を目指す計画を立案しているようです。
何故、そんなに「日本航空ばかりが、経営が悪いのかしら?」と疑問をもったので、これまでの決算などを調べてみた。まず、全日本空輸(ANA)と日本航空(JAL)の比較分析を紹介したい。
1.日本航空は純民間企業
昔、政府は日本航空株式会社法(昭和28年法律第154号)に基づく特殊法人としての日本航空株式会社を設立し、政府出資(助成)を行なうこととしました。その当時、政府出資の累計は,39年度中に政府出資は100億円(資本金額に占める割合は58%)に達しました。昔は、ナショナル・フラッグ・キャリアーと呼ばれていました。
その後、2002年10月2日株式会社日本航空(1987年に民営化され、2002年に日本エアシステム(当時)との経営統合、日本航空システムとなり、2004年に現行社名に変更)が設立されました。JALは現在、完全に民営化されていますし、政府のJAL株保有率は全体の0.05%です。この企業に、税金を投入したり、政府が債務保証するためには、十分な検討が必要とされています。
2.売上と社員数
JALはANAの1.4倍の売上をもつ、連結従業員4.8万人の大企業です。従業員1人当たり売上高は4100万円です。
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昔、リストラの上で分割民営化された国鉄と比べれば、従業員数は1/10です。
2.航空運送事業の損益の比較
何故、損益計算書が赤字なのでしょうか?。どちらの会社も収入の88%が航空輸送収入である。一方、JALの売上はANAの1.4倍である。比較しやすいように、JALの収入や費用を1.40で割って、収入を同じにして、費用や損益を比較してみよう。
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2009年3月期でみると ①JALは燃油代が高すぎる。 ②JALは減価償却費が少ない。(フリーキャッシュフラーが少ない) ③人件費+そのた費用が高い ④販売手数料が高い などが特徴である。
しかしながら、ANAとの差は、タスクフォースの報告程ひどいとは思えません。マーケットはどう評しているでしょうか。
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JALの航空運送事業の営業費用の推移
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3.マーケットの警告
企業が起債する場合、リスクがある会社ほど、高い利回りを要求される(社債が安い)傾向がある。そこで、社債利回りを比較してみましょう。2009年9月末時点で、日本は超低金利ですから、国債の利回りは1.0%台と非常に低いですね。ANAの社債利回りは、3.3%程度、JALの社債利回りは、9.0%にもなっています。やはり、リスクが高い会社とみられています。
次に、株式市場を見てみましょう。JALの株価は100円以下になり現在95円です。株価を1株当たり純資産で割った値をPBR(Price Book-value Ratio)と言います。これは仮に会社が活動をやめて会社の資産を株主に分配する場合に受け取れる一株当りの金額である。純資産とは、資産総額から負債を引いた額ですので、B/Sが時価表示されており、未確認の将来の債務もなければ、純資産どおりの解散価値が見込めるという見方です。
現在JALの1株当たり純資産は50円ですから、その倍ぐらいの価値はあるとマーケットは見ているようです。
4.タスクフォースの見解とマーケットの乖離
「タスクフォースは、債務超過7589億円と試算した」と報道されています。債務超過になると純資産はマイナスですから、マーケットはそれ程ひどい会社とは見ずに、純資産の2倍の価値があるとみているようです。ちなみに、JALの純資産は、2009年9月末現在1592億円であり、ANAは4736億円です。
株価の推移:赤がANA,青がJAL
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タスクフォースの見方は、下記の通りです。
・帳簿価格よりもも航空機の資産価値が簿価7300億円よりも3700億円も低いのが実態価格
・土地・建物の含み損が350億円ある。
・退職金給付など引当金で賄えない将来の発生債務が簿価よりも3300億円多い。
・リース機材関連の損失や価格調整でさらに1150億円必要 など

B/Sを実態価格で再評価して、実質債務超過でその額は7500億円もあるとしている。
もちろん、タスクフォースも別のDCF法で将来の収入の現在価値を計算して、有利子負債を差し引いて実質債務超過は2447億円から2793億円との試算も同時に行っている。それにしても、大幅な債務超過ですね。
タスクフォースとマーケットの見方に乖離があります。
4.ANAとJALのROE(自己資本利益率)の比較
投資収益率の指標であるROEを使って、比較してみましょう。ROEは株主資本から見た収益性を示します。資産全体(Asset)からみた収益性はROAと呼ばれます。株主からみてどれだけ儲けているかを示す経営指標。自己資本の利回りに相当する。
ROE =レバレッジ比率・総資本回転率・純利益率
レバレッジ比率=総資本/自己資本
総資本回転率 =売上高/総資本
純利益率   =当期純利益/売上高
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・JALはANAと比べて、自己資本利益率が急速に低下した。
・JALはレバレッジ倍率が高いので、金利変動などのリスクにさらされている。
・総資本回転率もANAよりも若干低い、あるいは総資本がANAよりも若干過大である。


5.何故、JALはANAよりもひどく経営が悪化したか。
JALは燃油代を年間5000億円も使っている。2割価格が上がってしまえば1000億円の損失がでる。燃油急騰に対し、ヘッジは世界の大手航空会社で幅広く採用され、これまで業績悪化を食い止め、収支を安定化させる役割を果たしてきた。しかしながら、決算時点の価格に比べてヘッジ価格が高いと、評価換算差額がマイナスとなる。高い価格でカバー率を上げたり、安い時にカバーし忘れれば損失はふくらむ。日本企業のリスク回避によるデリバティブ取引が拡大し、為替や金利、資源価格などの金融市場が拡大した面もある。
すでにP/Lでみたように、JALは燃油代で大きくANAに差をつけられている。これは、現在に始まったことではない。
燃油ヘッジポジションによる損失を、過去の5つの四半期末の現在高でみると、JALは大きく損失を広げている。もちろん、ヘッジ価格は原油価格の変動で増減するので、あくまで評価値であり、直接損益にすべてが反映されるわけではない。
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退職金給付債務も、ANAとJALでは大きく異なる。歴史もあってOBの多いJALの必要積立額は大きい。問題は積立不足であるがJALの3000億円に対しANAは600億円程度と少ない。
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現在のJALの従業員平均人件費はANAより多いと言われている。ただし、最初の航空運送事業の人件費を見る限り明確でない。そのた費用も含めて精査しないと分からない。
特別会計負担金
日本には、数多くの地方空港があり、空港整備の事業は特別会計で賄われている航空事業者は、2008年度予算ベースで、①空港使用料2171億円、航空機燃料税925億円を空港整備勘定に支払うことになる。JALはこのうち約1200億円の支払いが発生するという。現在まで新幹線建設が進められる一方で高速道路料金の無料化も言われている。旅客輸送需要をこれらで奪い合うので、路線効率を高めることはだんだん難しくなると思われる。現在の再建計画では多くの路線の廃止が検討されている。昔のの国鉄の再建の際には、大幅な料金改定(値上げ)が分割民営化の前になされ経営改善に貢献したが、現在は競合によって、むしろ値下げが求められており、状況が全く異なる。
業績の悪化、資産と負債の圧縮の遅れもあり、JALの自己資本はANAと比べて、減少してきた。ANAは、最近増資を進めているが、JALは、高金利の債券発行もできず、増資も難しい状況に陥って、必要な機材の更新も含めて苦しい。
上記のことでも、バランスシートの劣化が原因となって立て直しが難しい状況にあるが、営業キャッシュフローはあるので、マーケットは、極端に悲観していないように思われる。
しかし、問題は資金繰りにあるようだ。
・有利子負債は、ANAが89720億円、JALが13783億円。
・1年以内に返済期限、償還期限が来る長期資金債務が日本航空に2,259億円あり全日空に1,229億円ある。
・保有航空機の簿価は、ANAが6878億円に対し、JALは9992億円
・JALの流動資産は減少し続けた。一方流動負債は、6500億円~6900億円で変化なし。
JALの流動資産の減少
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ANAの流動資産26.3:443:286:0:0:ANAryuudou:center:0:0::
キャッシュフローでわかるように、航空会社のキャッシュフローは昨年度より急速に悪化した。その原因は、燃油高騰と需要減にある。しかしJALは不幸にも、B/Sの状態が悪く資金調達もままならずに、資金繰りに窮するようになった。幸いANAは、今回のショックを吸収できるだけのB/S上のゆとりがあったので、なんとか凌いで、現在増資による再チャレンジに向かっているようである。
JALの純資産
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ANAの純資産
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JALのキャッシュフロー
・これまでは営業キャッシュフローを使って投資ができたが昨年度より状況が一変。
ANAのキャッシュフロー
・全日空は、この7月1日のプレスリリース「新株式発行並びに株式売出しに関するお知らせ」の通り、537,500,000株の増資を発表。この増資により払込を受ける金額は、最近の株価320円を基準にして90%を払込金額にすると、1548億円となります。全日空は今回発表した増資の資金使途は、航空機購入を含む設備投資資金に充当。ちなみに、全日空はボーイング787型機を55機購入するとしており、総投資総額は7181億円。今回の増資額の4倍以上。
6.国際線旅客の収益管理
JALは高コスト構造を続けることで多くの国際線旅客を失ったと言われている。ANAはJALに比べて現在座席キロ当たりの収入は1割ほど多い。座席キロ当たりの収入は、単位路線輸送力当たりの収益力を表すので、そのまま利益率に直結する指標である。
収入/座席キロ=(料金/人・キロ)・(人キロ/座席キロ)=料金単価・ロードファクター
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この改善のためには、①きめ細かな料金設定とそのダイナミカルな修正、および②路線・接続などのきめ細かな管理が欠かせない。世界の航空会社は、料金と利用者数の関係(重要曲線)をダイナミカルに予想しながら、ロードファクターを高め、収益を最大化するレベニューマネージメントを導入している。日本の航空会社ももちろん導入しているが、代理店との関係もあり必ずしも徹底していないのではなかろうか。08年度の座席キロ当たり収入はANA10.4円に対して、JALは8.8円との報告があった。ANAの2009年3月期の営業報告では、きめ細かな運賃設定とイールドマネジメントにより、旅客数は減少するも単価は改善したそうです。JALは、営業座席キロを減らしながらも座席キロ当たりの占有率(ロードファクター)の改善が見られないことが問題であろう。
JALがワンワールドに加盟したのは07年であり、ANAのスターアライアンス加盟の99年に遅れること、8年である。
要約
・JALとANAの大きな違いは、バランスシートにある。特に、流動資金の差。(手元資金があって、退職金債務が少ないのがANA)JALの純資産が急激に減少。
・JALは燃油のヘッジが、ANAほどにはうまくいかなかった。
・JALは、B/Sの劣化により、資金調達不足に落ちった。
・キャッシュフローの改善と固定費の圧縮(損益分岐点のDown)にJALは遅れた。2006年の損益悪化が問題か?。国際線はレジャー路線の構造的な赤字体質、国内線は安全運航問題でANAに旅客が流れるなどの問題が顕在化した。
・JALは古い体質からの変革を先送りし、不採算な地方路線、地方空港からの撤退の遅れなど政治に翻弄されたとの意見も多い。
羽田空港は2010年10月に4本目の滑走路の供用が始まり、発着容量が1.4倍に拡大する。
JALは「今回の増枠数では必要な地方路線ネットワークの構築、増便には不十分であり、最終形の72便(全増枠分11万回の1日当たり便数)についても最大限国内線に配分されることが必須」と訴える。
ANAは「国内線と国際線へ発着枠をバランスよく配分して羽田空港のハブ機能を強化し、乗り継ぎ利便性(地方~地方、地方~海外)を高めるべき」と意見が異なるらしい。これは、B/Sの現状も反映した意見であろう。「何を守るか、どこを攻めるか」経営の方向が問われている。

11 thoughts on “日本航空JALと全日本空輸ANAの比較:航空会社の経営

  1. 株価急落

    新年1月に日航の株価は急落し現在7から8円と1/10になった。会社更生法の適用が明らかとなり、100%減資との方向付けがなされたため。これで、市場の評価は債務超過を認め、上場廃止を織り込んだ

  2. 事業再生計画

    骨子は下記の通り
    2012年度までに社員約1万5700人の人員削減
    債務カット予定額は7300億円
    国内線と国際線26路線からの撤退
    国際線は航空連合スカイチームへの転換が前提
    ジャンボ機37機をすべて退役
    子会社110社を57社に削減
    海外27支店、国内4支店を閉鎖
    11年度の営業損益は約497億円に黒字化
    マイレージ、商取引債権の保護
    100%減資を予定

  3. 事業再生計画

    基金は積立不足額が2400億円を超えており、現時点で解散した場合には、削減率は約60%になるので、合意成立か。
    確定給付企業年金法は、施行規則6条1項で「給付の額の減額について、受給権者等の3分の2以上の同意を得ること」としている。
    日航はこれまでの経営悪化局面で、普通株より優先して配当を受けられる優先株も発行している。08年の増資では、3メガバンクや大手商社、石油元売りなど計14社が優先株を引き受け、約1500億円を調達した。引き受け先は再建の期待外れで、損失計上

  4. 有利子負債の削減

    三十七機保有するジャンボ機を二〇一五年三月までに全廃する。グループ社員4万7000人のうち、1万5700人を2012年度までに削減。経営規模や人員を実質3分の2に絞り込む
    金融支援を行い、金融機関や企業年金基金などが保有する債権総額1兆1579億円のうち無担保の8795億円に対し、83%の債権放棄を求めた。債権放棄額は金融機関が32社合計で3585億円に達し、年金基金も2119億円にのぼった。これにより、現在7800億円に膨らんでいる有利子負債を4100億円まで圧縮する。

  5. ジャンボ機

    更生計画の認可後、主力行につなぎ融資の返済用などとして五千億円、機材購入資金として約二千百億円の融資を依頼する予定。路線網は国内線は一二年度までに百三十一から百十九に、国際線は九十三から七十九に削減する。
    業績面では、〇九年度は売上高約一兆四千億円、営業損益は二千六百五十一億円の赤字と予想。一一年度には営業損益が四百九十七億円の黒字に転じ、一二年度に千百五十八億円に増益する計画。

  6. ジャンボ機

    以前JASの問題点として、航空機の償却期間が実際の使用期間と比較して長すぎる点が専門家に指摘されていました。期の償却額が少なくなるということであり、航空機を償却期間中に売却すると、売却損の発生が大きくなります。
    ジャンボ機を維持して、損益悪化を先延ばししたツケに耐えられなくなった。

  7. ジャンボ機

    アジアオープンスカイ構想が実現した時に、日本のJAL・ANAの2航空会社の国際線事業はピンチに陥るか?
    東京以外の日本各地からの海外需要が、ソウル仁川・上海浦東等の海外ハブ空港と其処を拠点にする海外航空会社に逸走するか?

  8. ジャンボ機

    ジャンボ機は、1機150億円から200億円しますが、耐用年数は税務上は10年で、機材メーカーはメンテすれば30年はOKとのこと。実際は長年使っているようですね。37機の帳簿上の価格が気になりますが、償却済みで売却価格が高ければ良いですが、このあたりの情報は少ないですね。

  9. 空港ビル事業など

    国が税金で管理・運営する26空港のほとんどが赤字なのに、国から土地を借りてターミナル ビルを運営する国指定の38の民間事業者の約8割が黒字である実態について、前原誠司国土交通相は10日午前の閣議後会見で、「だれがどう考えてもおかしい」と述べ、国有地の貸付料を値上げする考えを示した。朝日新聞が全国26空港で旅客、貨物、給油関連の施設を運営する指定空港機
    能施設事業者38社の07年度決算を分析し、発覚。32事業者が黒字で、内部留保されている利益剰余金は総額2300億円。剰余金は羽田の「日本空港ビルデング」が780億円、貨物を扱う「空港施設」290億円、伊丹の「大阪国際空港ターミナル」210億円、「福岡空港ビルディング」160億円など。

  10. 機材の資産計上と評価損

    具体的には、航空機の退役もしくは売却した場合の評価損が合計2477億。機種別ではボーイング「747─400」型機が1671億円、ダグラス「MD─90」が584億円などとなっている。

  11. 機材の資産計上と評価損

    JALが保有する機材(航空機)については、かねてより多額の含み損が隠れているのでは、といった指摘がなされていた。今年3月末で同社の総資産は1兆7506億円。うち航空機は半分近い7235億円を占める。ほかに簿外にもリース資産として約6000億円(未経過リース料)が存在する。
    保有機材の含み損は、JALが「クレジット・メモ」(通称クレメモ)と呼ばれる航空機業界独特の商慣行を利用して期間利益を捻出してきた。クレジット・メモはクーポン券みたいなもので、航空会社はそれを使ってスペアパーツを購入したりする。この場合、同じ2割の値引きでも航空機の代金100億円はそのままだが、会計ルール上、クレジット・メモ20億円については営業外収益に「機材関連報奨額」として一括計上することができる。つまり、利益となる。詳細は、http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20091016/207377/

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