九州最大 石塚山古墳

福岡県苅田町にある
形状 前方後円墳
規模 墳丘長120m前後 
築造年代 3世紀中頃~4世紀初頭
埋葬施設 竪穴式石室
出土品 三角縁神獣鏡7面以上 銅鏃 素環頭大刀 

出土遺物は石塚山古墳より少し離れた宇原神社に所蔵されている舶載三角縁神獣鏡6種7面、素環頭大刀、銅鏃があるが、小倉藩主「小笠原家文書」によると銅鏡は11面(「宇原神社由来記」によると14面)と金具が出土したと伝えられる。現存する鏡は岡山県備前車塚古墳、京都府椿井大塚山古墳などの出土鏡と同笵である

石塚山古墳から出土したと伝えられ、現存する三角縁神獣鏡の種類の内訳と小林行雄らが明らかにした他の古墳との同笵鏡の分有関係は以下の通りである。

吾作銘四神四獣鏡(複像式)  

京都府椿井大塚山古墳、岡山県備前車塚古墳、大阪府万年山古墳出土鏡と同笵

天王・日月・獣文帯四神四獣鏡(単像式)  
福岡県御陵古墳出土鏡と同笵

天王・日月・獣文帯四神四獣鏡(単像式)  
岡山県備前車塚古墳、奈良県新山古墳出土鏡と同笵

天王・日月・獣文帯三神三獣鏡一種2面   京都府椿井大塚山古墳、福岡県原口古墳、大分県赤塚古墳出土鏡と同笵

日月・獣文帯六神四獣鏡

日日日全・獣文帯三神三獣鏡
  以上6種7面である

築造年代
出土遺物に石釧や車輪石、鍬形石などの石製腕飾類を含まず、出土鏡がすべて舶載鏡(中国鏡)と考えられる共通の要素を持っている。これらの共通の特徴を持つ古墳は従来から、古墳時代でもきわめて早い時期にあたる4世紀初めごろの年代が推定されてきた。しかし、最近はさらに年代を遡らせて、これらの古墳の築造時期を3世紀の中頃から後半を想定する考えも広がりつつある

守君については、日本書紀に記録がある。
斉明4年 有間皇子謀反事件に連座して、守君大石、坂井部連薬らが捕えられる。
斉明7年 百済救援軍の将軍として、守君大石らを派遣。
天智4年 守君大石らを大唐に派遣。
持統元年 守君苅田らを新羅に派遣。