九州最大 石塚山古墳
福岡県苅田町にある 形状 前方後円墳 規模 墳丘長120m前後 築造年代 3世紀中頃~4世紀初頭
宮地嶽神社、古墳
宮地嶽古墳と宝物 宮地嶽中腹の不動神社を祀る日本最大級の巨石古墳が発見された(260年以上
博多、伊予、平戸の志式神社、十城別命
神功皇后自らが新羅征討を決意したのだが、その軍大将として十城別王が従軍したとの伝承が
志式神社と綿津見神社
「ちはやぶる 鐘の岬を 過ぎぬとも 我は忘れじ 志賀の皇神(すめがみ)」 万葉集(巻7・1230
襲国偽潜考
本居宣長は『三国志』の卑弥呼をもって、南九州の女酋とし、卑弥呼は近畿大和の神功皇后の
海東諸国紀と古代逸年号
李朝第九代成宗(在位1469年~1494年)の朝廷の高官「申叔舟シン・スクチュ」が作
築紫の君 磐井
「磐井の乱」継体21年(527) 筑紫の国で一大勢力を誇っていた豪族「筑紫国造磐井」(ちくし
九州年号と九州王朝
九州王朝があったのか? その滅亡は、いつ頃か? 528年築紫の君 磐井が物部あら鹿火によって
遠の朝廷と万葉集
万葉集に8例が認められる。 「遠の朝廷」とは、大伴家持が「越」を詠んだ二首を除けば、す