九夷 論語

論語の「九夷」
孔子の論語にも倭ではないかともいわれる「九夷」について記載がある。

「子欲居九夷。或曰陋如之何。子曰。君子居之。何陋之有。 」
子、九夷に居らんと欲す。或ひと曰く、陋(ろう)なり。之を如何(いかん)と。子曰く、君子之に居す。何の陋か之あらんと。
孔子が(道義の廃れた国を厭うて)九夷(国)に住みたいと言った。ある人が、九夷は陋だがどうでしょうかと言うと、孔子は、君子が居る国なのだから、君子に対して従順な民を陋として問題視することはできないと応えた。 – 論語子罕第九

また、つぎのような記載もある。

子曰。道不行。乘桴浮于海。從我者其由與。子路聞之喜。
子曰く、道行なわれず、桴(いかだ)に乗りて海に浮ばん。我に従う者は其れ由(ゆう)かと。子路之を聞きて喜ぶ。

孔子が、道義が行われない。いかだに乗って、海外に行ってしまいたいが、〈その時に〉私について来る者は由(=子路)ぐらいのものだな、と言った。子路がこれを聞いて(孔子が多くの弟子の中から特に自分の名を挙げてくれたことを)喜んだ。 – 『論語』公治長第五

[白文]14.子欲居九夷、或曰、陋如之何、子曰、君子居之、何陋之有。
[書き下し文]子、九夷(きゅうい)に居らんことを欲す。或るひと曰く、陋しき(いやしき)ことこれを如何せん。子曰く、君子これに居らば、何の陋しきことやあらん。
[口語訳]先生が東方の未開蛮族の国である「九夷」に移住なさろうとされた。ある人が言われた。『文明のない賤しいところであるがどうであろうか?』。先生はおっしゃった。『君子がそこに居住すれば文明や学問の教化が自然に進みますから、どうして文明のないことが問題になるでしょうか?いや、ならないでしょう。』

[解説]中国大陸における徳治主義の実現に絶望した晩年の孔子は、東方海上にあるという九夷の国を目指して移住しようとしたが、最終的に断念した。九夷の国は未開の蛮族が住むと考えられていた9つの国のことで、『後漢書』などにその記載が認められる。