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  • 945年成立の旧唐書には記載が無く1060年成立の新唐書に記載されている以下について 遣使の助言でしょうが目的が不明です 神武以前が九州(筑紫城)で以降が大和州と分けていること 欽明11年庚午=南北朝梁元帝 蕭繹元号:552-555)元年壬申に2年のズレがあること(干支確…
  • 兵庫県神戸市垂水区にある「海神社」は、現在の読み方は「わたつみじんじゃ」が正しい読み方です。かつては多くの呼び方があり、「あまじんじゃ」「たるみじんじゃ」「日向大明神」「衣財田大明神」などと呼ばれてきました。祭神の名前が「垂水神」であることから「た…
  • 標高500mばかりの山腹。このまま北へ行けば宮津市の駒倉(廃村)、や京丹後市味土野に出られるようである。一帯は丹後の屋根「丹後チベット」「丹後ヒマラヤ」の本場で山は高く、丹後最高峰があり、さらに急峻である、人があまり立ち入らないため自然はよく保たれている…
  • 葛井寺の歴史 寺伝では神亀2年(725年)、聖武天皇の勅願で行基が創建し、古子山葛井寺(紫雲山金剛琳寺)の勅号を得たとされている。近世の地誌類や再興勧進帳でも以上の寺伝を踏襲しているが、別説では元々は葛井連の氏寺であったとされている。 葛井連の前身である…
  • 葛井寺の歴史  葛井寺は、山号を紫雲山(しうんざん)といいます。寺伝によると、葛井寺 は奈良時代、聖武天皇によって葛井連(ふじいのむらじ)の邸宅地に建立され、 春日仏師に命じて千手千眼観世音菩薩を造らせ、神亀2年(725年)に僧行 基が開眼法要を行ったとされてい…
  • 皇極天皇は弟の孝徳天皇の死後、いわくつきの飛鳥宮(飛鳥板蓋宮)で斉明天皇として再び即位。『書紀』はこの時に、葛城山の方から“油を塗った青い絹の笠(雨具)をかぶった唐人風の者”が空を駆ける龍に乗って現れた、という奇妙な一文を記している。  それが不吉な兆…
  • ユーラシア東部における青銅器文化 弥生青銅器の起源をめぐって Bronze Cultures Around Eastern Eurasia at 1st Millennium BC and the Origin of Yayoi Bronzeware 小林青樹 弥生文化の青銅器のうち,銅剣・銅矛の起源と系譜を辿ったところ,いずれも中 央ユーラシ…
    未定義の論題 tokyoblogによるコメント August 2020
  • 中原一帯から出土した殷周期の青銅器は基本的に銅とスズの合金であるスズ青銅で、東灰山遺跡のような銅とヒ素の合金は見られない。 考古学専門家によると、世界の冶金史上、青銅時代の前にヒ素銅を精錬・使用していた時代があった。紀元前3000年ごろヒ素銅製…
  • 後漢書東夷伝によると山東省、江蘇省付近の「東夷」は、畎夷(けんい)、于夷(うい)、方夷、黄夷、白夷、赤夷、玄夷、風夷、陽夷、嵎夷(ぐうい)、藍夷(らんい)、徐夷、淮夷(わいい)、泗夷(しい)で、青字の9国は「九夷(きゅうい)」と云われた。 九夷の一部は…
  • 古代の青銅製品、銅鐸や鏡や矛などの原材料が国産品ではない(多くは中国産)事は、歴史学界では常識である。 今までに発見されている銅鐸は、まず殆どの原材料が中国産の銅である。 しかしこれを中国製品だという人はいない。中国では日本式の銅鐸が存在しないからで…
  • 吉備武彦の出自について『日本書紀』に記載はない。『新撰姓氏録』では、左京皇別 下道朝臣条・右京皇別 廬原公条で稚武彦命(第7代孝霊天皇皇子)の孫とし、右京皇別 真髪部条では稚武彦命の子とする。 子については、『日本書紀』景行天皇51年8月4日条において、娘…
  • 従来は同一父系に属すると考えられてきた「曲阜孔氏」が、実際には、ほぼ3系統の異なる父系の子孫に分かれることが明らかとなった。また、実際の孔子の系統は、ほぼ半数(46.06%)を占めるハプログループC2c1a2a2b*(C-F3555, subclade-F13136)である可能性が高いと考えら…
  • 孔子のY染色体は、曲阜孔氏の男性1,118名を対象に中国の復旦大学が調査を行い、ハプログループC2c1a2a2b*(C-F3555, subclade-F13136)であることが特定されている。これはY染色体の国際的研究組織であるY-fullにも掲載されている周知の事実である。 (source1: https://w…
  • 「北宋」(南北朝の「宋」ではなくて、十世紀半ばに成立した「宋」)までに「三国志」を引用したものは「邪馬臺国」とあり、宋代以降に引用したものに、突然「邪馬壹国」という表記が現れるのです。その後は「邪馬一国」というものまで現れます。もし、陳寿の「三国志…
  • 「海部直・丹波国造・但馬国造」の祖 建斗米命は、神服連・海部直・丹波国造・但馬国造らの祖とされていますから、その末裔が丹波・但馬に大きく勢力を伸ばしたことは明らかです。 面白いことに、建斗米命の子・ 武田背命(建田背命)も、孫・建諸隅命も、神服連・海…
  • 長田神社(ながたじんじゃ) 御祭神 事代主神(ことしろぬしのかみ) 御尊号 於天事代 於虚事代 玉籖入彦 厳之事代主神 あめにことしろ そらにことしろ たまくしいりひこ いつのことしろぬしのかみ 鎮座と沿革 神功皇后(じんぐうこうごう)摂政元年春2月、皇后が新羅よ…
  • 『 粟井神社(刈田大明神) 御祭神 天太玉命   相殿 天照大神 月読命 保食神 由緒  上古、讃岐は西讃を中心として讃岐忌部の氏族が開墾殖民の業に努力した土地であります。  従ってこの忌部氏は自分たちの祖神である天太玉命を氏神として齋き祀り、同胞的精…
  • 承平年間(931~938年)に成立した我が国最初の百科事典である和名類聚抄によると現在のさぬき市の範囲のおおよそは当時寒川郡に属していました。そして寒川郡は難波郷・石田郷・神埼郷・長尾郷・造田郷・鴨部郷・多和郷の7郷から成り立っていました。寒川郡名…
  • 吉備武彦の子の意加部彦(おかべひこ)が廬原国造(いおはらこくぞう)の祖とされています。  駿河国の西部にあり富士川から大井川に囲まれた廬原の地はかつて日本武尊が野火の難に遭い賊らを征伐した所です。日本武尊により平定され、大和政権の支配下にありました。…
  • 『古事記』景行天皇巻では、吉備臣らの祖の「御鉏友耳建日子(みすきともみみたけひこ)」が倭建命(日本武尊)の従者として東征に遣わされたことが記されている。 『古事記』の「景行天皇」の巻、「倭建命の東国征討」の段 (現代語訳)  そこで天皇は、また重ねて…
  • 日本書紀の卷第十・譽田天皇紀の五.追隨妃兄媛歸省之吉備行幸に「庚寅、亦移居於葉田葦守宮時御友別參赴之」とある。これによれば、応神天皇が帰省した妃の吉備兄媛を追って応神天皇22年9月に行幸し、葉田葦守宮で兄媛とその兄・御友別命に饗応を受けたとされる。御友…
  • 式内社   多祁伊奈太岐佐耶布都神社 岩穴宮 岩屋権現 また 原谷(この地名)の権現さん とも呼ばれている ご祭神 下道国造兄彦命 高梁川より西の小田川流域地方の古い地名と思われる「川嶋縣」の国造りをされた神 下道臣の祖 大穴牟遅命 大国主命の御名で 大己…
  • 説明阿直岐は、記紀によれば、応神天皇の時代に百済から日本に派遣されたとされる人物。阿自岐神社の祭神であり、子孫が始祖を祀ったとも考えられている、また彼は同時代の人物の阿知使主と同一人物だったのではないかとも言われている。 『古事記』では「阿知吉師」と…
  • 松岳山古墳と讃岐の石 石棺の底石と蓋石は黒雲母花崗岩(くろうんもかこうがん)を使用し、底石には頭と胴体を置く部分に浅い彫り込みがみられます。側石4枚は香川県産と推定される柘榴石角閃石安山岩(ざくろいし かくせんせき あんざんがん)、もしくは凝灰岩が使…
  • 散吉神社 葛城諸連峰の中の二上山寄り、平原中の西辺にある古社である。 散吉はサヌキと読み、古社としては聞こえているが、由緒不明である。 祭神は散吉大建命、散吉伊能神の男女両神とあり オホタケルノミコトとサヌキイの神と思われる。 社殿、社地のある部落名とし…
  • 『日本書紀』 天武天皇2年に「胸形君徳善の女(むすめ)尼子娘(あまこのいらつめ)」と出てくる。 その補注に、「胸形君は天武天皇13年11月に朝臣姓を賜った」という内容が書かれていた。 天武13年は684年である。 一方で、宮地嶽古墳の築造は600年前後だ。 徳善説…
  • 賀茂氏であるが、伝承を検討すると三系統あるらしい。 第一の系統が味鋤高彦根命を始祖とする   味鋤高彦根命-天八現津彦命→都佐・長国造 第二の系統が事代主命を始祖とする   事代主-天日方奇日方命→賀茂・三輪君 第三の系統が賀茂建角身命を始祖とする  賀茂…
  • 吉備の児島 =吉備児島、別名を武日方別(タケビカタワケ)、 建日方別命が祀られている神社を調べましたが、主祭神として祀られている神社は、岡山市の国津神社一社のみ、末社に祀られている神社もわずかで、有名な所では、吉備津神社の岩山宮に祀られているくらいです。 吉…
  • 帰田賦に「仲春令月、時和気清」と詠んだ張衡は稀代の天才で、政治家に加え、科学者、文学者の顔も持っていました。科学者としては候風地動儀という世界初の地震計や、天体測定の渾天儀を発明し、「霊憲」という天文書も著したそうです。また、文学者としては、「西京…
  • 『旧事』紀伊国造智名曾の女、中名草姫を娶り六男一女生む。其一名草彦神也。  天香語山命ー天村雲命ー天忍人命ー天戸目命ー建斗米命-健宇那比命-健諸隅命 建斗米命【先代旧事本紀】(たけとめのみこと) 建刀米命【新撰姓氏録】(たけとめのみこと) 武礪目命【…