未定義の論題

08/13編集されました カテゴリ: 一般/歴史書

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  • 08/13編集されました
    ユーラシア東部における青銅器文化 弥生青銅器の起源をめぐって
    Bronze Cultures Around Eastern Eurasia at 1st Millennium BC and the Origin of Yayoi Bronzeware
    小林青樹

    弥生文化の青銅器のうち,銅剣・銅矛の起源と系譜を辿ったところ,いずれも中 央ユーラシアから北方ユーラシアに起源があることがより鮮明となった。そして,青銅武器は実用 的な武器としてだけではなく,集団の不安定な状態を安定へと導く辟邪の象徴としても機能し,そ れが,埋納行為などとして実践されて弥生文化に受け継がれていった。
    銅剣・銅矛・銅戈といった青銅器がセットで日本列島に渡来するのは,前期末から中期初頭頃で ある。この時期以降に日本列島に出現する祭祀具は多く,たとえば,卜骨,鳥形木製品,木製男 女像などがあり,鹿などの絵画もこの頃以降に現れる要素である。このうち,卜骨は殷代末期併行 期から中国北方地域にあり,遼寧青銅器文化においても見られる。また,木製男女像は,新疆の青 銅器文化において紀元前 2 千年紀から見られ,春秋戦国時代併行期にまでも系譜が続いている[韓 2007]。そして,この新疆でも見られるが,モンゴル平原を中心に,中央ユーラシアから北方ユー ラシアで見られる鹿石に代表される鹿への崇拝があり,中国北方地域でも春秋戦国時代頃から,多 数の青銅製品などに鹿は形象された[小林 2012]。これら弥生文化の祭祀にかかわるもののほとん どが,ほぼ同時期に日本列島に渡来し,また,銅剣や銅矛と同様に中央ユーラシア地域から北方ユー ラシア地域,そして中国北方地域に系譜が辿れるとすれば,いずれもが北方系の祭祀要素であるこ とが推測される。
    本稿では,弥生青銅器のなかでも銅剣と銅矛に焦点をあてて検討してきたが,以上のように,他 の弥生祭祀の要素の多くも北方系起源である可能性が非常に高いのである
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