塩の神、和布刈神事、少彦名神

December 2018 編集されました カテゴリ: 神社
image塩の神、和布刈神事、少彦名神

塩竈 宮城県塩竈市に鎮座の塩竈神社。 同社は国幣中社で、東北地方随一の大杜陸奥の一ノ宮として扱われてきた。 塩…

Read the full story here


タグ付けされた:

コメント

  • 神酒の神の少彦名神

    神功皇后が角鹿(敦賀)より還って来られた太子(応神天皇)を迎え、「待酒を醸みて献り」し祝宴におよみになった歌

    「此の御酒は 吾が御酒ならず 神酒(くし)の司(かみ) 常世に坐す いはたたす 少御神(すくなみかみ)の豊寿(とよほ)き 寿(ほ)き廻(もと)ほし 神寿(かみほ)し 寿き狂ほし 奉り来し御酒そ あさず飲せ ささ」

    武内宿禰が皇太子の為に返歌を歌って詠んだ。「此の御酒を 醸(か)みけむ人は その鼓 臼に立てて 歌ひつつ 醸みけめかも 此の御酒の あやに うた楽しさ さ」

    若い巫女さんが、踊りながら飯を醸んで、醸すことで、甘酒をつくったらしい。麹によって醗酵させたのは、いつ頃からでしょうか?。

    祭りの発生:出典 祭りの発生 折口信夫「まつるの語根まつは、期待の義に多く用ゐられるが、もつと強く期する心である。焦心を示す義すらあつた。神慮の表現せられる事が「守(マ)つ」であつた。卜象をまちと言ふのも、其為である。神慮・神命の現れるまでの心をまつと言ふまち酒などは、それである。単なる待酒・兆酒ではなかつた。まつを原義のまゝで、語根として変化させると、まつる・またすと言ふ二つの語が出来た。まつるは神意を宣る事である。そして、神自身宣するのでなく、伝宣する意義であつたらしい。「少御神(スクナミカミ)の、神寿(カムホ)きほきくるほし、豊寿(トヨホ)きほき旋廻(モトホ)し、麻都理許斯御酒(マツリコシミキ)ぞ」(仲哀記)とあるのを見ると、少彦名神が、呪詞神の酒ほかひの詞を、神寿き豊寿きに、ほき乱舞し、ほき旋転あそばされて、宣(マツ)りつゞけて出来た御酒ぞと言ふのか、少彦名のはじめた呪詞を、神人がほき宣(マツ)り続けて、作られた御酒ぞ、ともとれる。」

    少彦名神とは大己貴神(大国主神)に協力して国土の経営をされた知恵の神であり酒造の神である、経営の功半ばにして熊野之御碕ないしは淡島(粟島)から常世の郷に渡られたともいわれる。

    (讃岐の少彦名)その昔、大水上神社に少彦名神が来て、夜毎泣き叫ぶので、 大水上神は桝に乗せて財田川に流したところ、当地に流れ着いたといわれてます。 古事記における、大国主(大己貴の表記は日本書紀)と少彦名による国づくりとの関連があるか; 讃岐の粟島が近くにある

    大物主は金毘羅宮に祀られ、加麻良神社に少彦名命が祀られている。加麻良神社, 香川県 観音寺市,祭神 大己貴神、少彦名神
コメントするにはサインインまたは登録して下さい。