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橘とは 橘について『魏志倭人伝』は次のように記述する。この時代は橘を食べる習慣がなかったようである。 薑(しょ…
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太古よりこの国に自生している常緑樹であり、美しい実と香しいにおい、さらに神の遣いである蝶の幼虫が育つ樹木であり、神の坐す處と世俗とを結ぶものとして尊ばれてきた。
『日本書紀』の皇極天皇三年(644年)東国の富士川周辺に住んでいた大生部多と云う者が橘の木に育つ蚕に似た虫を常世の神として信仰を広め、これを秦河勝が懲らしめたと云う。
秦河勝を揶揄しての歌 太秦は神とも神と聞えくる常世の神を打ちきたますも
尤も、この話には絹織物業の寡占化を目論んでいる秦氏が競合相手をつぶしたお話だったともいう
源平藤橘と云う四姓
橘は県犬養三千代が功あって橘姓を貰ったとのこと。和銅元年(708)元明天皇の即位の大嘗祭の後の宴会の席上で
橘は果実の長上、人の好む所なり、霜雪を凌ぎて繁茂し、寒暑を経てしぼまず、珠玉と共に光を競ひ、金銀に交じって美し。
と云うことで、発足したとか。
その後、聖武天皇が三千代の子の橘諸兄に与えた歌
橘は 実さへ 花さへ その葉さへ 枝に霜ふれど いや常葉の樹
と常世が意識されていたようです。