大神神社、日向神社、高宮 神社

April 2016 編集されました カテゴリ: 一般/歴史書

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奈良県桜井市三輪の大神神社は大物主大神を主神とし、大己貴神、少彦名神を配祀している。 大己貴命とは第5代大物主…

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コメント

  • 大和国一之宮大神神社社家である高宮家系を記した『三輪高宮家系図』

    高宮家は三輪氏で事代主命の後裔である。

    この系図によると、親子二代の事代主命の存在を確認できる。
    大国主命の子、都美波八重事代主命と、その子、天事代主籖入彦命である。
    そして、天事代主籖入彦命について「大和国添上郡座率川阿波神是也」と記されている。

    率川阿波神とは、宝亀二年(771)大納言藤原是公(ふじわらのこれきみ)が夢枕に現れた事代主神の神託に従って、その御霊を阿波国阿波郡から分祀したもので、これが大和国最古の事代主の神祀りである。

     ※藤原是公(Wikipedia)
     宝亀二年冬 大納言藤原是公夢云 
     吾狭井御子神也 汝氏神建布都神共住 阿波国 瓦ニ有相親
     而今皇孫命依招集 項吾與ニ建布都神共ニ来臨干帝都欺 宜敷敬之
     是公依夢告 造神殿自阿波勧請之 仍去阿波神也 云々


    藤原是公の夢に顕現した神は「吾は狭井の御子神である」と名乗っているが、狭井神とは大物主神のことであり、『三輪高宮家系図』では、大国主命と都美波八重事代主命の親子の別名を「大物主神」としている。
  • 賀茂一族系図(三輪高宮家系譜)
    建速素盞嗚命─大国主命─都美波八重事代主命─天事代主籖入彦命─奇日方天日方命・・・
           (和魂大物主神)   (猿田彦神)     (事代主神)
           (荒魂大国魂神)   (大物主神)     (玉櫛彦命)

    積羽八重事代主は、又の名を猿田彦、大物主であるという。

    事代主は、天事代主籖入彦命であり、玉櫛彦命という。

    代主命は、その後、大物主神と名を変え記紀の物語に登場する。

    大物主は丹塗矢に姿を変え川を流れ下り、三島溝咋耳の娘玉依姫と結ばれ、生まれた姫が初代神武天皇の后となる。

    三島溝咋耳とは、鴨氏の系図などにより、鴨氏の祖である鴨建角身命の別名だと確認できる。

    また、『山城国風土記』鴨社の縁起によれば、鴨建角身命(下鴨神社御祭神)の娘玉依姫のもとへ火雷神の化身である丹塗矢が川を流れ下って二人は結ばれ、賀茂別雷命(上賀茂神社御祭神)を生んだとされる。

    つまり、同一人物(鴨建角身命=三島溝咋耳)の娘、同じ名を持つ、玉依姫Aと玉依姫Bが、それぞれ、賀茂別雷命と、のちに神武天皇の后となる伊須氣余理比売を生んだ、ということである。
  • 火雷神は大山咋神と同神であり、『三輪高宮家系図』では、阿遅志貴高日子根神の別名を大山咋神と記している
  • 氏族系図や『紀』の記述により、事代主命は鴨氏だとわかるのだが、『記』では兄の阿遅志貴高日子根神が迦毛之大御神と記される。

    兄弟が共に鴨氏なのだから、鴨氏の祖は当然その父大国主命なのである。
  • 紀』は、

    神渟名川耳天皇(綏靖すいぜい天皇) 神日本磐余彦天皇第三子也。
    母、曰媛蹈鞴五十鈴媛命、事代主神之大女也。

    磯城津彦玉手看天皇(安寧あんねい天皇) 神渟名川耳天皇太子也。
    母、曰五十鈴依媛命、事代主神之少女也。

    大日本彦耜友天皇(懿德いとく天皇) 磯城津彦玉手看天皇第二子也。
    母、曰渟名底仲媛命、事代主神孫 鴨王女也。

    と、第3代天皇まで、その后が事代主神の血筋であると明記している。
  • 五十鈴依媛命 いすずよりひめのみこと

    別名
    河俣毘売:かわまたひめ
    川派媛:かわまたひめ
    糸織媛:いとおりひめ
    ……
    第二代・綏靖天皇の皇后。第三代・安寧天皇の母。初代・神武天皇の皇后・媛蹈鞴五十鈴媛命の妹。

    綏靖天皇の皇后は『古事記』では師木県主の祖の河俣毘売、 『日本書紀』では事代主神の次女の五十鈴依媛命。 一書では磯城県主の娘・川派媛、他の一書では春日の県主大日諸の娘・糸織媛。
  • 玉櫛媛(たまくしひめ)とは、日本書紀では事代主神・古事記では 大物主の妃。
    神武天皇の皇后である媛蹈鞴五十鈴媛命の母。

    別名:溝咋姫神・三島溝杭姫・三嶋溝樴姫・溝咋玉櫛媛・活玉依姫・勢夜陀多良比売ともいう。

    日本書紀では、「事代主神化爲八尋熊鰐 通三嶋溝樴姫 或云 玉櫛姫 而生兒 姫蹈鞴五十鈴姫命 是爲神日本磐余彦火火出見天皇之后也」とあり事代主神が八尋鰐と化し玉櫛媛のもとに通い、生まれた媛蹈鞴五十鈴媛命が日本磐余彦火火出見天皇(神武天皇)の后となったと記されている。


  • 事代主は、玉櫛姫(別名、溝咋姫、活玉依姫)とのあいだに、櫛御方命と鞴五十鈴姫(神武天皇の妃)を生む。

    第1子 天日方奇日方命(あめのひかたくしひかたのみこと)別名:櫛甕玉(くしみかたま)、櫛御方命(くしみかたまのみこと)といい、食国政申大夫(おすくにまつりごともうすまえつきみ)に任じられている。古事記では父は、大国主とされていて須佐之男命の六世の孫。子孫に大田田根子〈おおたたねこ〉がいる。

    第2子 韛五十鈴姫命(たたらいすずひめのみこと)は、神武天皇の皇后になり、即神渟名河耳天皇(かむぬなかわみみ:綏靖天皇)と彦八井耳命(ひこやいのみこと)のふたりの皇子を産んだ。綏靖天皇は、韛五十鈴姫命の異母姉妹、五十鈴依姫命と結婚し皇子をひとり産んだ。この皇子が磯城津彦玉手看天皇(しきつひこたまてみ:安寧天皇)である。
  • 前記は、旧事本記による。

    都味歯八重事代主神 化為八尋熊鰐通三嶋溝杭女活玉依姫。生一男一女。兒天日方奇日方命。此命、橿原朝御代、勅為食國政申大夫供奉。妹韛五十鈴姫命。此命、橿原朝立為皇后誕生二兒。即神渟名河耳天皇。次彦八井耳命是也。次妹五十鈴依姫命。此命葛城高丘朝、立為皇后。誕生一兒。即磯城津彦玉手看天皇也。
  • 溝咋神社
    社頭掲示によると・・・・・
    「延喜式の古社であって、祭神は、姫踏鞴五十鈴姫命、溝咋玉櫛媛命を主神とし、相殿に三島溝咋耳命、天日方奇日命、速素盞命尊、天児屋根命を祀っている。
    日本書紀神武天皇記の本文には、五十鈴媛命は、わが国初代の神武天皇皇后になられたと記されている。また玉櫛媛の父は三島溝咋耳命であって、古代において広くこの地方を統裁しておられた方である。
  • 高槻市の三島鴨神社三島鴨神社は大山祇神と事代主の両神を祭神としており、愛媛県
    今治市の大山祇神神社や静岡県三島市の三嶋大社と並んで三三嶋とよばれる。

     この三社はつながりが強い。
     伊豆半島の東に位置する伊東市には、比波預神社が鎮座するが、祭神の加理波夜須多祁比波預命(カリハヨスタキヒハヨノミコト)は三島ミゾクイの子であるという。
     愛媛県今治市の大山祇神社は、「伊予国風土記逸文」に、ここの祭神は摂津の三島から遷って来た、と書かれており、摂津三島とのつながりをしめす。
  • 摂津国島下郡は、律令時代の摂津国三嶋郡より分かれたもので、ここは、三島溝杭耳命の拓いた溝杭庄の内です(平安時代末期まで後白河院領溝杭庄として存続していました)。

    古事記の垂仁記に「御子大中津日子命者牟礼之別祖也」とあり、牟禮神社は、この地に住んだ牟礼の一族が信仰した社であると伝わっています。また、山口県佐波郡牟礼に住んだ「垂仁天皇皇子」の飛び地だといいます。

    大中津日子命(おおなかつひこのみこと)は、垂仁天皇(活目入彦;いくめいりひこ)の皇子であり、五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)の弟、大足彦尊(おおたらしひこのみこと;景行天皇)の兄です。

    ちょっと驚きました。「いり」「おほ」「たらし」の三系統が兄弟になっています。大中津日子命には、父方に開化天皇と大彦命の血が入っています。また母方に彦坐王の血が入っている
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