高皇産霊神、高木神

April 2016 編集されました カテゴリ: 一般/歴史書

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饒速日尊の天孫降臨に自らの子を4人も参加させるなど統一政策に積極的にかかわっている。 6人の子がいる。 思兼命…

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  • 高御祖神社
    一、 御祭神
    高皇産霊大神 (何事にも其の本と坐ます大神)
    伊邪那岐大神 伊邪那美大神 (夫婦和合。縁結。子孫繁栄の神。安産の神)
    相殿 天日神命(天照皇大神)天月神命(月讀大神)
    一、 御由緒
    當社は棚恵熊野三所大権現と奉称し社なり。延宝年中に高御祖神社と改め らる。(一千年以上の社なり)嵯峨天皇弘仁二年延喜式巻十神名帳に、壱岐國壱 岐郡高御祖神社と所載あり。壱岐國式内大社なり。一村一社で諸吉総氏神である。
    最初は今の村甲の地熊本山に鎮座ありしを中葉今の社地に移し奉る。
    寛永廿年十一月宝殿再建あり國主鎮信朝臣なり。
    同寛文八年十一月拝殿再建  鎮信朝臣
    天保八年八月拝殿再建源熙朝臣なり。  再建毎度白銀五枚國主より 奉納し給う。旧例なり毎歳九月十四日宵大神楽十五日國司代参奉幣儀式 ありて中原に神幸浮殿に浦相撲田楽流鏑馬等催し畢て還幸なし奉る。 大正十四年一月神饌幣帛料供進神社に指定せらる。
    大祭日 諸吉郷中より亦芦辺浦より壱岐最大の御幟御神幸あり芦辺 囃子奉納あり。
    例大祭日 旧九月 十四日宵大神神楽
    十五日大祭神幸祭
    -境内案内-
  • 久留米市御井町121に「高樹神社」があます。神社銘鑑(神社本庁調査部 1963年))によると、「祭神は高皇産霊神(造化の三神の一)。古くは『高牟礼権現』と称し、高良山の地主神と伝えられる。この神社はいわゆる国史現在社(正史=六国史に名の現れる神社)で、『三代実録』元慶二年(八七八)十一月十三日の条に『筑後国高樹神ニ従五位ヲ授ク』とあり、やがて正五位下に進んだことが、天慶七年(九四四)の『筑後国内神名帳』によって知られる。もと地主神として山上に鎮座していたが、高良の神に一夜の宿を貸したところ、高良の神が神籠石を築いて結界(区画を定め出入を禁ずること)の地としたため山上にもどれず、ここに鎮座するに至ったという伝説が、高良大社の古縁起に見えている。高良山の別名を「高牟礼山」と称するのも、この神の名に因むものである。」とあります。ですから、高良山の神は、元々は「高木神」であったようです。
  • 造化三神

    天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神の造化三神である。

    天津神社は、天津大神とたたえられます。

    ・天之御中主神
    ・高御産巣日神
    ・神産巣日神

    の造化三神の大神様を御祭神として奉斎し、更に天照皇大神他八百萬の神々を御祭りしてあります。

    造化三神
    天津神社は、天津大神とたたえられます。
    天津大神は造化の業即ち万物を作られすべてを生み成せる事「産霊に資りて成り出ずる」(古事記)とあり、人の生・老・病・死・吉区・吉縁・商才・学業・生産・芸術等々すべての事を人々に分けへだてなく御守護賜る大神様であります。

    又御門前には人々を明るき方向にお導き下さる光明稲荷大神を御祀り致しております。
    どうぞご参拝下さい。お幸せに。
    皆々様には益々御清祥の御事と慶賀に存じます。
    天津大神様の御神威いよいよ御発揚賜り皆様方も御恩頼を授けられ喜びにあふれた日々であり度いと天津神社では御信者御一人一人の方々の御祈祷を致して居ります。

    天禄年間(970~973年)に創建造化三神について

    古事記で、天地開闢のときに高天原に出現し、万物生成化育の根源となった三神三柱の神を『造化の三神』と言われています。
    いずれも「独神(男女の性別が無い神)」として成ってそのまま身を隠したと言います。

    天之御中主神
    『天地初めてひらけし時、高天原に成りし神の名は天之御中主神』
    神名は、天(高天原)の中央に座する主宰神という意味である。宇宙の根源の神であり、宇宙そのものであるともされる。
    『古事記』、『日本書紀』とも、その後の事績は全く書かれておらず、「中空神」とも言われる。『記紀』神話が形成される上で創造された観念的な神と考えられ、それには中国の天帝の思想が影響したものと考えられる
    この世界の姿が確定する天孫降臨以前の万物の創造を天御中主神・高御産巣日神(高皇産霊神)・神皇産霊神の造化三神によるものとした。この三神は復古神道においては究極神とされ、なかでも天御中主神は最高位に位置づけられている。
    高御産巣日神
    『天神地祗の祖神、生成力の本源神 』
    高御産巣日神は古事記で、天御中主神の次に、対になる神産巣日神とともに出てくる神様です。
    この神様はしばしば高木神(たかぎのかみ)とも呼ばれます。また、高御産巣日神は古事記での書き方ですが、日本書紀では高皇産霊尊と書かれます。
    一般に民俗学者は神様の系統というのは高天原系(天神系)と出雲系(地祇系)に分かれると指摘していますが、基本的には高御産巣日神は高天原系の祖神、神産巣日神は出雲系の祖神と考えられます。
    このため、高御産巣日神は後に葦原中国平定の時、天照大神とともに、諸神にいろいろな指示を出しています。
    なお「むすび」とは古神道的な解釈においては、「結び」で、結びつける或いは産み出すという意味を持ちます。(結合は生成である)
    神産巣日神
    『生成力の本源神、農耕神』
    『古事記』では神産巣日神、『日本書紀』では神皇産霊尊、『出雲国風土記』では神魂命と書かれる。
    本来は性のない独神であるが、造化三神の中でこの神だけが女神であるともされる。また、先代旧事本紀においては、高皇産霊神の子であるとも言われる。
    大国主が兄神らによって殺されたとき、大国主の母が神産巣日神に願い出、神皇産霊尊に遣わされた蚶貝姫と蛤貝姫の治療によって大己貴命は蘇生する。
    『古事記』では、少彦名神は神産巣日神の子である。
    「産霊」は生産・生成を意味する言葉で、高皇産霊神とともに「創造」を神格化した神であり、高皇産霊神と対になって男女の「むすび」を象徴する神でもあると考えられる。

  • 高御産巣日神が天孫降臨神話等、天照大御神を中心とした「高天原系の神話伝承」に多く登場し、 神産巣日神は、須佐之男命、大国主神を中心とした「出雲系の神話伝承」に天神として数多く登場するのが特徴。

    大穴牟遅神が、八十神の迫害を受け、焼けた石で火傷をして死にそうになった時、 蚶貝比売と蛤貝比売を派遣して治療をさせた、あるいは蘇らせた。

    また、大国主神の国土経営の際、御子・少名毘古那神を派遣して 「神産巣日神の御子少名毘古那神なりと答白しき。故に爾に神産巣日御祖命に白し上げしかば、此は実に我が子なり。 子の中に、我が手俣よりくきし子なり。故れ汝葦原色許男命と兄弟と為りて、その国を作り堅めよとのたまひき」

    また、高御産巣日神、神産巣日神をそれぞれ男神、女神とする説があり、 高天原に鎮まる天津神、「皇親神留伎命」「皇親神留弥命」であるとする説もある。
  • 高皇産霊尊(大伴連の遠祖、天忍日命=日本書紀)
         (大伴氏遠祖、日臣命が大来目を率いる、道臣と改名=日本書紀)
         (剣根というものを葛城国造とする=日本書紀)
         (天太玉命は斎部宿祢の粗なり=古語拾遺)
      大伴宿祢――――高皇産霊尊五世孫天押日命の後―――――――――左京神別中
      大伴連―――――道臣命十世孫、佐弖彦の後―――――――――――左京神別中
      大伴大田宿祢――高魂命六世孫、天押日命の後――――――――――右京神別上
      大伴山前連―――大伴宿祢同祖、日臣命の後―――――――――――和泉国神別
      久米直―――――高御魂命八世孫、味耳命の後――――――――――左京神別中
      佐伯宿祢――――大伴宿祢同祖、道臣七世孫室屋大連公後―――――左京神別中
      佐伯造―――――天雷神孫、天押人命の後――――――――――――右京神別上
      佐伯日奉造―――天押日命十一世孫、談連の後――――――――――右京神別上
      佐伯首―――――天押日命十一世孫、大伴室屋大連公の後―――――河内国神別
      榎本連―――――道臣命十世孫、佐弖彦の後―――――――――――左京神別中
      弓削宿祢――――高魂命孫、天日鷲翔矢命の後――――――――――左京神別下
      弓削宿祢――――高御魂乃命孫、天毘和志可気流夜命の後―――――河内国神別
      神私連―――――道臣八世孫、金村大連公の後――――――――――左京神別中
      日奉連―――――高魂命の後――――――――――――――――――左京神別中
      小山連―――――高御魂命子、櫛玉命の後――――――――――――左京神別中
      高志連―――――高魂命九世孫、日臣命の後―――――――――――右京神別上
      高志壬生連―――日臣命七世孫、室屋大連の後――――――――――右京神別上
      高志連―――――天押日命十一世孫、大伴室屋大連公の後―――――大和国神別
      齊部宿祢――――高皇産霊命子、天太玉命の後――――――――――右京神別上
      玉祖宿祢――――高御牟須比乃命十三世孫、大荒木命の後―――――右京神別上
      玉祖宿祢――――同神十三世孫、建荒木命の後――――――――――河内国神別
      玉作連―――――高魂命孫、天明玉命の後――――――――――――右京神別上
      伊與部―――――高媚牟須比命三世孫、天辞代主命の後――――――右京神別下
      畝尾連―――――天辞代命子、国辞代命の後―――――――――――左京神別中
      葛木忌寸――――高御魂命五世孫、剣根命の後――――――――――大和国神別
      仲丸子―――――日臣命九世孫、金村大連の後――――――――――大和国神別
      飛鳥直―――――天事代主命の後――――――――――――――――大和国神別
      長柄首―――――天乃八重事代主神の後―――――――――――――大和国神別
      林宿祢―――――大伴宿祢同祖、室屋大連公男、御物宿祢の後―――河内国神別
      家内連―――――高魂命五世孫、天忍日命の後――――――――――河内国神別
      葛木直―――――高魂五世孫、剣根命の後――――――――――――河内国神別
      葛城直―――――天神立命の後―不見――――――――――――――未定雑姓大和国
      役直――――――高御魂命孫、天神立命の後―――――――――――河内国神別
      恩智神主――――高魂命皃、伊久魂命の後――――――――――――河内国神別
      荒田直―――――高魂命五世孫、剣根命の後―――――――――――和泉国神別
      大辛――――――天神立命四世孫、剣根命の後―不見―――――――未定雑姓右京
      波多祝―――――高彌牟須比命孫、治方の後―不見――――――――未定雑姓大和国
  • 神魂命(この神の子、天皃屋根命は中臣朝臣の祖なり。古語拾遺/斎部広成)
      県犬養宿祢―――神魂命八世孫、阿居太都命の後―――――――――左京神別中
      犬養――――――同神十九世孫、田根連の後―――――――――――摂津国神別
      大椋置始連―――県犬養同祖、阿居太都命の後――――――――――左京神別中
      竹田連―――――神魂十三世孫、八束脛命の後――――――――――左京神別中
      間人宿祢――――神魂命五世孫、玉櫛比古命の後―――――――――左京神別中
      爪工連―――――神魂命子、多久都玉命三世、天仁木命の後――――左京神別中
      爪工連―――――神魂命男、多久豆玉命の後―――――――――――和泉国神別
      工首――――――神魂命の後―不見―――――――――――――――未定雑姓和泉国
      多米連―――――多米宿祢同祖、神魂命五世孫、天日和志命の後――左京神別中
      多米宿祢――――同神五世孫、天日鷲命の後―――――――――――右京神別上
      多米宿祢――――同神廿二世孫、意保止命の後――――――――――大和国神別
      多米連―――――神魂命五世孫、天比和志命の後―――――――――摂津国神別
      多米連―――――神魂命皃、天石都倭居命の後――――――――――河内国神別
      若倭部―――――神須比命十八世孫、子田和の後―――――――――左京神別下
      若倭部連――――神魂命七世孫、天筒草命の後――――――――――右京神別下
      三嶋宿祢――――神魂命十六世孫、建日穂命の後―――――――――右京神別上
      天語連―――――県犬養宿祢同祖、神魂命七世孫、天日鷲命の後――右京神別上
      久米直―――――神御魂命八世孫、味日命の後――――――――――右京神別上
      屋連――――――神御魂命十世孫、天御行命の後―――――――――右京神別上
      波多門部造―――神魂命十三世孫、意富支閇連公の後―――――――右京神別上
      滋野宿祢――――紀直同祖、神魂命五世孫、天道根命の後―――――右京神別下
      大村直―――――天道根命六世孫、若積命の後――――――――――右京神別下
      大村直田連―――天道根命の後―――――――――――――――――河内国神別
      大村直―――――紀直同祖、大名草彦命男、枳彌都珍命の後――――和泉国神別
      大家首―――――天道尼乃命孫、比古麻夜真止乃命の後――――――右京神別下
      今木連―――――神魂命五世孫、阿麻乃西乎乃命の後―――――――山城国神別
      巨椋連―――――今木連同祖、止與波知命の後――――――――――山城国神別
      賀茂県主――――神魂命孫、武津之身命の後―――――――――――山城国神別
      鴨県主―――――賀茂県主同祖―――――――――――――――――山城国神別
      矢田部―――――鴨県主同祖、鴨建津身命の後――――――――――山城国神別
      丈部――――――鴨県主同祖、鴨建津身命の後――――――――――山城国神別
      西■部―――――鴨県主同祖、鴨建玉依彦命の後―――――――――山城国神別
      祝部――――――同祖、建角身命の後――――――――――――――山城国神別
      税辺――――――神魂命子、■魂命の後―――――――――――――山城国神別
      倭文宿祢――――神魂命の後、大味宿祢より出る―――――――――大和国神別
      田辺宿祢――――同神五世孫、天日鷲命の後―――――――――――大和国神別
      大坂直―――――天道根命の後―――――――――――――――――大和国神別
      伊蘇志臣――――滋野宿祢同祖、天道根命の後――――――――――大和国神別
       楢原造東人に勤臣の姓を賜う。孝謙天皇、天平勝宝二年三月。続日本紀)
      目包部真時―――同神十二世孫、大足尼の後―――――――――――摂津国神別
      城原――――――同神五世孫、大広目命の後―――――――――――河内国神別
      紀直――――――神魂命五世孫、天道根命の後――――――――――河内国神別
      紀直――――――神魂命子、御食持命の後――――――――――――和泉国神別
      物部連―――――神魂命五世孫、天道根命の後――――――――――和泉国神別
      和山守首――――神魂命五世孫、天道根命の後――――――――――和泉国神別
      和田首―――――神魂命五世孫、天道根命の後――――――――――和泉国神別
      高家首―――――神魂命五世孫、天道根命の後――――――――――和泉国神別
      大庭造―――――神魂命八世孫、天津麻良命の後―――――――――和泉国神別
      神直――――――同神五世孫、生玉兄日子命の後―――――――――和泉国神別
      川瀬造―――――神魂命五世孫、天道根命の後――――――――――和泉国神別
      真尻家―――――大村直同祖――――――――――――――――――和泉国神別
      高野――――――大名草命の後―――――――――――――――――和泉国神別
      日下部首――――天日和伎命六世孫、保都彌命の後―不見―――――未定雑姓大和国
  • 天日鷲系
    新撰姓氏録では、

    左京 神別 天神 多米連 多米宿祢同祖
    神魂命五世孫天日和志命之後也
    成務天皇御世。仕奉炊職賜多米連也

    右京 神別 天神 多米宿祢
    神御魂命五世孫天日鷲命之後
    成務天皇御世。仕奉大炊寮。御飯香美。特賜嘉名

    摂津国 神別 天神 多米連
    神魂命五世孫天比和志命之後也

    河内国 神別 天神 多米連
    神魂命児天石都倭居(アメノイワトワケ)命之後也

    右京 神別 天神 天語連 県犬養宿祢同祖
    神魂命七世孫天日鷲命之後也

    大和国 神別 天神 田辺宿祢
    神魂命五世孫天日鷲命之後也

    左京 神別 天神 弓削宿祢
    高魂命孫天日鷲翔矢命之後也
  • 筑後国御井郡
     この地域には古来の著名な「井」があり、高良大社には至聖の霊地が三か所あったといわれるが、この地域こそ日本列島の地名「御井(三井)」の源流であり、天孫族系統の部族が中心となって建てた邪馬台国の本拠地であった。そして、この地域が記紀神話の「高天原」で、高木神が主宰神であった。同地の名山高良山には古社の高良神社が鎮座し、高良玉垂命を主神として八幡大神なども祀ってきた。高良とは、「高+羅(朝鮮語の国・地域の意)」で、すなわち高の国である。御井郡には、この地の地主神で高牟礼神(同、牟礼は村の意)とも高魂命ともいう祭神を祀る高樹神社のほか、式内社として伊勢天照御祖神社もあった。
     こうしてみると、「御井」「高」という固有名詞には、天孫族の五十猛神・高魂命の系統に密接な関係があったことが分かる。「御井神」の名ににもっとも相応しいのは高木神となろう。
  • 高皇産霊神には伝承上6人の子がいる。思兼命、栲幡千千姫命、天忍日命、三穂津姫、天太玉命、天活玉命である。この御子たちの思兼命・天忍日命・天太玉命・天活玉命の4人は饒速日尊と共に大和に降臨して以後マレビトとして活躍している。
    思兼命は信濃国阿智族の祖であり、天忍日命は大伴氏の祖、天太玉命は忌部氏の祖である。
    天活玉命は越国に降臨していると思われ、三穂津姫は出雲国譲り後に饒速日尊の妻となり、やはり、大和に降臨している。
    栲幡千千姫命は日向津姫の長子天忍穂耳命の妻となっている。
    このように子どもたちは日本各地に赴き、後世に名が残るような氏族の祖となっている。また、高皇産霊神が神話上では天孫降臨、国譲神話、神武天皇東遷時と統一事業にかかわる場面での登場が多い。これは、高皇産霊神が日本列島統一に大変な熱意を持っていたことをうかがわせる。

    思兼命ー天表春命ー阿豆佐美命ー加弥夜須命ー阿智別命
    栲幡千千姫命
    三穂津姫
    天活玉命ー天神立命/天三降命ー陶津耳命/菟狭津彦命ー玉依彦命ー剣根命 葛城氏/宇佐氏
    天太玉命ー天櫛耳命ー天櫛耳命
    天鈿女命ー天富命ー弥麻爾支命 忌部氏
    天活玉命 天神立命
    天三降命 陶津耳命
    菟狭津彦命 玉依彦命 剣根命 葛城氏
    宇佐氏
    天忍日命 天津彦日中咋命 道臣命 味日命 稚日臣命

    高皇産霊神がかかわっている重要な神社を挙げてみると以下のようなものである。

    春日神社(田川市宮尾町6番13号)
    祭神 豊櫛弓削遠祖高魂産霊命(とよくしゆげのとうそたかみむすびのみこと)他、この地は饒速日尊降臨伝承地である。高皇産霊神が最も長い名で祀られている。

    高良大社(福岡県久留米市御井町1番地)
    式内社・名神大社で筑後国一宮である。福岡県久留米市の高良山にある。古くは高良玉垂命神社、高良玉垂宮などとも呼ばれた。主祭神の高良玉垂命は、武内宿禰説や藤大臣説、月神説など諸説あるが、古えより筑紫の国魂と仰がれていることから饒速日尊と思われる。筑後一円はもとより、肥前にも有明海に近い地域を中心に信仰圏を持つ。高良山にはもともと高皇産霊神(高牟礼神)が鎮座しており、高牟礼山と呼ばれていたが、高良玉垂命が一夜の宿として山を借りたいと申し出て、高木神が譲ったところ、玉垂命は結界を張って鎮座したとの伝説がある。高牟礼から音が転じ、「高良」山と呼ばれるようになったという説もある。現在もともとの氏神だった高木神は麓の二の鳥居の手前の高樹神社に鎮座する。
  •  天神はほとんどムスビ系で六九%、天孫は二五%、地祇は六%で、天孫の半分はホアカリで五〇%、オオクニヌシ(スサノオ)の国生み神話系は十三氏族にすぎない。
     ツハヤムスビは中臣(藤原)の造った神で、本来カミムスビ系であったが、他氏族と同じ先祖となるのを嫌って造作された。
     天神はほとんどムスビ系(ニギハヤヒを含む)の旧連(伴造系)である。天孫の五〇%はホアカリで、旧事本記では天照国照彦天火明櫛玉鐃速日尊とニギハヤヒと同一人として尾張氏と物部氏の合体が見られる。『古事記』と『日本書紀』の一書六・八にニニギの兄と書かれ、『日本書紀』本文と一書の二・三・五・七にはニニギの子として、さらに『播磨風土記』国ツ神として伝承の乱れが見られる。
     新撰姓氏録の神別はタカミムスビが此の国の中心であった跡を示している。 
     タカミムスビと天照による二元構造はみとめる説も多いが、なぜ二元構造かという結論は示されていない。タカミムスビーニニギの降臨神話は東アジアの匈奴から高句麗・百済・伽耶を経て倭国に至る流れを九州王朝成立に、さらに北九州征服(仲哀・神功)、そして九州征定(景行)に見ることが出来る。
     一方、イザナギ・イザナミの国生みは別として、アマテラス(スサノオ)のウケヒ・岩屋戸・海幸山幸、そして八十島祭に至る神話群は近畿天皇家の改作の跡が見られる。
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